こんばんは!CANDY TOKYOセラピストの初(はじめ)です!(*^^*)
逆境の中で頑張る姿に、人は勇気をもらえたり憧憬の念を抱いたりするものです。
パラリンピックなんかが良い例です。
純粋な数字、タイムや成績なんかで言えばオリンピックの方が勿論良い数字が出ることでしょう。
しかし、ハンディキャップがあるにも関わらず、自身の目指す道にひたむきに取り組み、何かを成し遂げようとする。
そんな姿に人々は胸を打たれます。
勿論、古今東西の物語作品にも言えることです。
僕がパッと思い浮かぶのは(ウマ娘のアニメを観て知ったのですが)トウカイテイオーという競走馬ですね。
皇帝と呼ばれた最強の父に憧れ、同じ冠を目指すも怪我により夢を断たれ、幾度もの挫折を味わい絶望の淵に立たされるも蘇り、大きなブランクをものともせず最後のレースで有終の美を飾った、素晴らしい主人公です。
さて、今挙げた例はあくまでも「身体的な」逆境ですが、世の中において多いのは「精神的な」逆境の方ではないでしょうか。
身体的な逆境は誰の目にも明らかですし「もし自分が同じ立場だったら……」ということに思いを馳せやすいものです。
しかしながら、精神的な逆境は一目見ただけではわかりづらい上に、その困難は人それぞれな訳ですから、それを認識する人の精神性によって決めつけられてしまいがちです。
失恋、受験や就職の失敗、パートナーと上手く行かない、職場環境が辛い、家庭環境に縛られている、仕事での失敗、お金の失敗、人間関係の失敗etc……
色々と辛いことがあり、当然、皆辛い思いを乗り越えて、あるいは乗り越えようとして生きています。
だからといって「皆大変なんだからそんな弱音を吐くな!」なんて言っていいとは思いません。
足が折れている人に対して
「皆ちゃんと歩いているんだからお前もちゃんと歩け!」
なんて言うでしょうか?
目が見えない人に対して
「なんでこんなハッキリ書いてある文章が読めないの?」
なんて言うでしょうか?
それを言う人というのは、
人としての思いやりに欠けているのか、
その人自身も何かしら余裕が無い状態なのか、
相手の事情を認識できていないのか、
あるいはそれらの複合状態でしょう。
人の心というものは読み取ることが出来ません。完全に認識する事なんて出来ません。
ですが、その痛みを慮ることはできます。
悲しみに支配された人にかける言葉に正解なんてありませんし、絶望の底から引き上げるための確実なる術なんてものは存在しません。
ですが、その人が苦しんでいること、苦しい現実を変えたがっていることを認識し、尊重することはできます。
そんな、ほんの少しの柔らかな優しさこそが、人の心を受け止めてくれるものなのかもしれませんね。
ではでは!
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初
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