写メ投稿
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2025-11-08
虚構と理想の果てと、アイアム・シャドウ
――子供の頃
遠くの運動公園まで歩いて行ったそこには滑車に紐がついていて
ぶら下がると、十メートルほどの距離を
風に乗るように行ったり来たりできたその遊具が大好きで
何度も、何度も繰り返したけれど、体が大きくなるにつれて
重くなった体は端まで届かなくなった小さかった頃は
体が羽のように軽くて
もっと遠くまで飛べたはずなのに遊び疲れて、夕方になる頃
夕日が途中で止まった滑車と僕の影を
地面に長く伸ばしていた――時は流れ
僕は会社のサーバールームにいた夜明け前の空気が冷たく
眠気と倦怠が身体を包んでいた上司の命令で部署が変わり
望んでいないメンテナンス作業をしていたカチカチと鳴る電子音
ディスプレイに流れる数字が
心拍のように脈を打つハードディスクの中で
暗号化されたデータが回転している
本当の姿を隠した影のように作業の手を止めて
天井を見上げた
蛍光灯が僕の影を映している僕は試しに照明を消した
無数のハードディスクのLEDが
夜空の星のように瞬きながら
あらゆる方向から僕を照らしたその光の中で
誰かが囁いた気がした――アイアム……
音ではなく
意識の奥で響く声だった小さなLEDの光が
僕の輪郭をゆっくりなぞっていく天井に浮かぶ影が揺れた
小さな光の中で
僕は本当の影を見た気がした――実は僕は会社員の他に
影のモンスター“シャドウビースト”の討伐を行っていたシャドウビーストはある日突如として現れた
蔭に潜み、影となって人を襲う魔物だその力は日に日に強くなっていた
人の恐れを糧にして
闇の中で姿を変えていくそんな中で、僕はある日突然
魔力という“理不尽を超える力”を手に入れたシャドウビーストを倒すたびに
自分の中の魔力が確かに増えていくのを感じた
それはまるでロールプレイングゲームのようで
倒すたびに、自分が理想の影に近づいていくようだった誰にも理解されなくていい
誰も知らなくていい
ただ、自分の理想の姿を演じることができる
それが“影”だったビルの隙間からの光が僕を照らし
地面に長く影を伸ばしていく止まった滑車が動き出すように
風が、どこからか吹いていた――その日、僕はシャドウビーストを追っていた
街を駆け抜け、路地裏へと足を踏み入れるそこには、討伐仲間のゼノが立っていた
様子がおかしい、と思った瞬間
ゼノが刃を抜き、僕に切りかかってきたそのスピードは、人のものではなかった
「影が俺に力を与えた」
「この世界を滅ぼす」低い声が、まるで影そのものから響いていた
どうやら彼は、影の力を吸収していくうちに
影そのものに取り込まれてしまったようだったゼノの瞳が黒く濁る
「この薬を飲めば、俺は最強になれる」
震える手でビンを握り、カプセルを飲み込むその瞬間、空気が裂けた
ゼノの身体が膨れ上がり、骨が軋む音が響く
皮膚が光を拒むように黒く変質していくモンスターへと変わり果てたゼノのエネルギーは
何十倍にも膨れ上がっていた僕の目の前には、もはや仲間ではない存在がいた
それは“自分の理想”ではなく
“影の理想”に支配された虚構のモンスターだった――ゼノが咆哮した
その瞬間、鋭い爪が僕に襲いかかる
咄嗟に身をかわすと、爪の衝撃波が背後のビルを吹き飛ばした「どうだ、この素晴らしき力」
ゼノが笑う声が闇に響いた僕は息を整え、最大の爆発魔法――エクスプロージョンを唱える
魔力が腕を走り、空気が震えた
次の瞬間、周囲十メートルが衝撃波に包まれた爆音が夜を裂き、粉塵が街を覆う
「やったか」
そう呟いた僕の前に、ゼノが立っていたかすり傷ひとつない
その目はすでに人間ではなかったゼノが再び咆哮する
街の隙間から無数の影が溢れ出し
黒い霧となって彼の体に吸い込まれていく巨大なモンスターへと変貌したゼノのエネルギーが
街全体を押し潰すほどの圧を放つ息をするだけで痛い
魔力が枯れかけた指先が震える
絶体絶命――そう思ったその時――アイアム……
声がした
誰のものでもない
けれど確かに、僕の中から響いていた視界の奥に、あの日の滑車と夕焼けが浮かぶ
風に乗って、自由に飛べたあの感覚が
胸の奥でふたたび動き出す僕の内側の影が震え
鎧のようにまとっていた恐れが剥がれ落ちていく体が軽くなる
地面の感触が遠ざかる
空気が逆流し、世界が静止する音も匂いも消えたその中心で
ただ“影”だけが、確かな質量を持って存在していたその瞬間、
僕の中で、究極のパワーが目覚めたようだった――空気が止まった
息をすれば、世界が震えていたその時、聞こえた
――アイアム・シャドウそれは誰かの声ではなく
僕の内側に、ずっと潜んでいた声だった無数のハードディスクの回転音が
街中に響き渡り、共鳴し、重なり合っていく音が最高潮に達した瞬間、世界が暗転した
闇の奥で、一筋の光が僕を射抜いた外側の影が剥がれ
僕の身体は、原子のように軽くなっていくそして――空間の頂点まで、突き抜けた
視界のすべてが裏返り
上下も時間も消えていくその高みから
滑車が現れた僕はそれに掴まり、
世界の中心へと一気に滑り落ちた衝撃の瞬間
街全体が究極の爆発に包まれるそれは破壊ではなかった
星が生まれて宇宙に解き放たれるような
根源的な解放の閃光だったゼノの身体は一瞬にして霧と化し
崩れた街の中で、僕は静かに立っていた地面には、長く伸びた僕の影があった
だが、それはもう“虚構”の影ではなかった静かな風が吹く
新しい世界が、音もなく再起動していく――世界は静かだった
崩れた街の隙間から、朝日が差し込んでいた僕は立っていた
誰の命令も、誰の影響もない場所で
ただ、自分の呼吸だけが現実だった地面に落ちた影は、もう僕の形をしていなかった
遠く、別の世界へ伸びているように見えた――アイアム・シャドウ
その言葉が風に溶ける力とは、壊すことじゃない
自分を閉じ込めていた虚構を
解き放つことだった風が吹く
あの日の滑車が軋む音がした夕日と風と記憶が、胸の奥で重なる
僕は空を見上げた
そこには、もう境界がなかった


