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  • 2025-07-17

    絆創膏と喰種と、レールガン

    「君は考えすぎなんだよ」
    上司のその声は、空調と同じ温度で流れていく。

    でも僕は知っていた。
    考えすぎるからこそ、
    細部が未来を決めることを。

    資料を整え、心を読んで、
    感情の地雷を回避する。
    同僚たちが笑って走るなか、
    僕は歩く速度で、風の流れを読んでいた。

    それは、武器だった。
    けれどこの街では、評価されることはない。

    そんな僕に、ある日、同じ部署のツンデレ女子が言った。
    「ねえ、今度の週末、船に乗らない?」

    夜、音楽が流れる船。
    グラスの中の琥珀が揺れて、
    風がスカートを揺らす。

    「先輩って凄いですよね、
    一人で全部回してしまう」

    彼女の声が、波の音に混じった。
    見てくれていたんだと思った。
    手を伸ばしかけて――ふと気づく。
    彼女の指に、絆創膏。

    「熱いコーヒーこぼしちゃって」
    その笑顔は、どこか嘘くさかった。

    そして、彼女は言った。
    「最近、**グール(喰種)**の事件が増えてるらしいですよ」

    血の匂いはしないのに、
    どこか遠くで警報が鳴った気がした。

    船が港に着く頃、
    彼女はふと思い出したようにポケットを探り、
    僕の手に小さな物を置いた。

    「たばこ吸わないかもだけど、これ。
    道で貰ったの。先輩に似合いそう」

    銀色のライター。
    月明かりを跳ね返す冷たい光。
    そのとき確かに、風向きが変わった。

    翌朝、会社は静かだった。
    彼女はデスクで微笑んでいた。
    絆創膏は……もうなかった。

    僕の胸がざわつく。
    違和感という名の声が、内側で叫んでいた。

    静かに、アタッシュケースを確認。
    そこにはいつも通り、小型レールガンが眠っている。

    起動キーを押す。
    低い振動とともに、
    電磁チャージの音が脳に響く。

    エネルギーが溜まるには、少し時間がかかる。
    僕は席を立ち、トイレに向かった。

    無人の廊下。
    張り詰めた空気。
    まるで舞台が整っていくような予感。

    鏡の前で息を整える。
    「……行くか」

    ドアを開けた瞬間、
    空気が変わっていた。

    誰もいない。
    物音ひとつしない。
    何かが、起きた後の静寂だった。

    天井を見上げると、
    そこには――
    同僚が、血まみれで吊られていた。

    赤い滴がカーペットに落ちる。

    後ろから、音もなく近づく気配。

    「やっぱり、気づいてたんですね」

    彼女の声。
    もう“彼女”ではなかった。

    爛れた肌、異形の眼。
    グールの姿で、僕に襲いかかる。

    ポケットの中の、銀のライター。
    火をつける。
    青白い炎が揺れると、
    彼女の動きが一瞬止まった。

    火は、やはり弱点だった。

    僕は一気にアタッシュケースへ駆け、
    レールガンを引き抜く。

    チャージ完了。
    引き金を引くと、
    空気が一度、沈黙した。

    次の瞬間、閃光とともに
    グールの体は粉々に砕け散った。

    焦げた匂いの中、
    僕は静かに呟いた。

    「グール退治を、本職にするしかないか……」

    いま、僕は感受性という名の武器を持って生きている。
    それは、誰かには“考えすぎ”に映るかもしれない。

    けれど、僕にとっては――
    未来を読み、危機を察し、
    誰よりも早く“撃てる”力だ。

    結果なんてものは、
    心の奥にある火花から生まれる。

    そしてその火花こそが、
    僕の自由を、撃ち抜いた。