写メ投稿
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2025-07-01
月光とライターと、フリーダム
会社の歯車が回る音に
自分の鼓動がかき消されていく日々。
愚痴と義務がこびりついた
飲み会の夜。
僕はそのテーブルに座りながら、
別の景色を夢見ていた。地下にある
小さなジャズバー。
そこには夢が生きていた。
三つの仕事をかけもちする青年、
「月光」を弾くピアニストの彼女、
どこか遠くを見ているような目で
笑っていた。会社員のほうが安定している。
そう思いながら、
僕は彼らに
嫉妬と憧れを混ぜた視線を投げていた。帰り道、
いつも通る、不思議なビル。
きっと僕の中にも、
開かれていない扉があったんだと思う。真夏のある日。
休日のはずの朝。
僕とNさんとOさん、
いつもの3人だった。
慎重すぎるNさんと、
ヘビースモーカーのOさん──
気はいいけど、いつもどこか煙たがられていた。その3人で例のビルに向かった。
作業中、
月光が窓から差し込んでくる頃、
ビルの気配が変わった。──唸り声。
1階にいた“人々”は
月の光を浴びて、獣に変わっていた──
まるでライカン、狼の血を宿した影のように。僕らは暗闇へ逃げ込んだ。
月光の届かない場所だけが、
安全地帯だった。けれど──
ビル内の温度は、
黙って僕たちの理性を溶かしていった。2人は耐えきれず、
光の差す出口へ向かった。
その後、悲鳴は
闇に吸い込まれていった。音楽が聴こえた。
──「月光」だった。
そういえば、
このビルの地下には
マンホールがあると聞いていた。問題は、
そこにどうやって辿り着くか、だった。僕は、
Oさんのポケットから
ライターを拝借した。スプリンクラーのヘッドに火を当てる。
冷たい水が天井から噴き出し、
ライカンたちは混乱した。僕は走り、
防火シャッターの起動ボタンを押した。
閉じていくシャッターの向こうで
何かが吠えた。その隙に、
僕は暗い階段を駆け降りる。
音楽を頼りに。
感覚だけを頼りに。
マンホールに辿り着いた。目が覚めた時、
2人はそこにいた。
笑っていた。「ずっと寝てたよ」
「作業は終わらせておいたから」帰り道、
僕はふいに言った。「……会社、辞めようかと思います」
──暗闇の中でも
音を頼りに、前に進めるとわかったから。家に着いて、ポケットに手を入れると
あのライターが入っていた。銀色のライターには、
こう刻まれていた。“FREEDOM”
あのビルは、現実だったのか。
幻だったのか。
それは、もうどっちでもいい。僕は今、
誰かの光じゃなく
自分の音で、
進んでいる。