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  • 2025-06-30

    盾と剣と、閉じた劇場

    僕はその日も、
    誰かの望む役を演じていた。
    職場に評価されるために、
    必要と言われた国家資格を
    いくつも、いくつも集めた。
    気づけば、それだけが
    僕の価値のようになっていた。

    今日も人が足りないからと
    休日の静けさを切り売りして、
    都内のいつものビルへ向かう。

    そのそばにある、
    古びた小さな劇場──
    いつも閉じていて、
    でもなぜか、ずっと気になっていた場所。
    いつか行こう、そう思いながら
    僕はその日も通り過ぎた。

    作業着に染みついた薬品の匂い。
    無数の細かい傷が、何も語らずまとわりつく。
    電気室での作業中、
    ほんの一瞬、端子に触れた。
    火花。
    強烈な閃光。
    世界が、一瞬で白くなった。

    気づくとビルは静まり返っていて、
    外に出ると、あの劇場の扉が開いていた。
    そして──
    中から、僕にそっくりな何かが出てきた。

    「今すぐ決めろ」
    空から声が落ちてくる。
    「そいつを倒さなければ、お前が死ぬ。
    夜明けまでに仕留めなければ、
    その首の爆弾が爆発し、
    この世界は我々のものになる」

    首元には見慣れない重み。
    触れると、ひんやりとした金属の感触があった。

    目の前に現れる、剣と盾。
    無表情の“僕”が、
    何のためらいもなくそれを手に取る。
    僕もまた、手に取るしかなかった。

    ──同じ顔、同じ肉体、同じ力。
    なのに、どうしてこんなにも違う。

    クローンの剣が僕の脇腹を裂く。
    浅い傷のはずなのに、
    血が止まらない。
    痛みよりも、
    自分自身に負けていくような感覚が怖かった。

    僕は逃げた。
    ただ、逃げた。
    いつの間にか夜が明けかけていた。

    あと少しで、爆発する。
    この世界も、僕も、全部──消える。

    その時だった。
    遠くで誰かが囁いた。
    いや、たぶん心の奥の声だった。

    「偽りを、やめろ」

    僕は、盾を捨てた。
    両手で、剣を握った。
    クローンはそれを見て、
    ゆっくりと笑った──“演じられた”笑顔で。

    僕は走った。
    剣を、まっすぐ、盾の中心へ。
    その奥にある“何か”へ。
    一撃で、貫いた。

    意識が戻ると、
    携帯が鳴っていた。
    会社からの電話だった。

    「作業は終わったか?」

    「……終わりました。」

    (……演じるのは)

    帰り道、劇場に目をやると
    “本日で閉館”の貼り紙が揺れていた。

    あの日から僕は、
    安心という盾を
    静かに地面に置いた。

    代わりに、
    両手で剣を握っている。
    傷ついても、震えても、
    偽りじゃない声で生きていくために。

    あの劇場は、
    ずっと僕の中にあった。
    閉じたままの自分を
    何度も通り過ぎていたんだ。

    その扉を、ようやく、
    自分の手で──壊せた。