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  • 2025-06-29

    空白と少女と、ウィンナーコーヒー

    僕は自由になるために
    深夜バスに乗り、東京を目指していた。
    新しい明日を探しにいく──そんな旅だった。

    心の中は、
    お金、自由、成功……
    あらゆる欲望でいっぱいで、
    “空白”の入り込む隙もなかった。

    その夜もまた、
    深夜バスの途中、サービスエリアで休憩をとる。
    人気のないカフェでウィンナーコーヒーを注文した。
    その甘くてほっとする味に、少しだけ心がゆるむ。

    ふと顔を上げると、
    黒い服を着た無表情の少女が目の前に立っていた。

    「ゲームをやめないで」

    ──そうつぶやいたかと思うと、少女はすぐに姿を消した。
    夢でも見たのかと思い、スマホを取り出し
    いつもの無料ゲームを開こうとするが、ログインできない。

    早朝。東京に着く。
    だが、空気が異様に重い。
    巨大ビルの外壁モニターに映る緊急速報。

    「人工衛星がハッキングされ、
    宇宙から強力なレーザーが発射されました。
    都市が一瞬で壊滅状態に──」

    その瞬間、遠くで閃光が爆ぜ、轟音が響く。
    キノコ雲が空を覆い、街が煙になった。
    人々の叫び声とサイレン。
    映像にノイズが走り、画面いっぱいにあの少女が現れる。

    「この世界を、焼き尽くす」

    僕のスマホが震える。
    見ると、さっきログインできなかったゲームが勝手に起動していた。
    僕の頭に、なぜか**“kuuhaku”**という言葉が浮かぶ。

    ──kuuhaku
    僕はそれを入力する。
    すると、画面には「No game」とだけ表示される。

    僕は静かに目を閉じ、そして開いた。
    そして──No lifeと入力した。

    少女の映像が、滝のように端から崩れていく。
    最後に一瞬だけ、こう表示される。

    「私を、忘れないで」

    あの事件は、それを境に起きなくなった。

    東京に戻った僕は、
    小さなカフェに入った。
    マスターと従業員しかいない、静かでお洒落な空間。

    席についてメニューを見ていると、
    まだ注文していないのに、
    少し懐かしさを帯びた美しい女性の手が、
    ウィンナーコーヒーをそっとテーブルに置いた。

    顔を上げると、そこには誰もいない。

    マスターに尋ねる。
    「さっきの女性、従業員の方ですか?」

    彼は首をかしげて言った。
    「うちにはそんな娘、いませんよ」

    僕はコーヒーをひと口すすった。
    甘くて、少しだけ苦い。

    そして、立ち上がる。
    まっすぐに歩き出す。

    ──この世界で、もう一度。
    自由というゲームを、プレイするために。