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  • 2025-06-27

    水溜まりと薔薇と、ブラウンシュガー

    かつて僕は、親会社のプロジェクトリーダーだった。
    50人のサプライヤーをまとめて、
    毎日が誇りとやりがいに満ちていた。

    「このまま課長かもな」
    そんな期待すら、浮かんでいた。

    ──でもある日、僕は“戻された”。
    子会社へ、作業員として。
    その席にはもう役職なんてなく、
    ただの“歯車”が、待っていた。

    それでも逆らえなかった。
    会社に人生を預けていた僕は、
    命じられるまま、田舎の宇宙工場へ通った。

    巨大な工場には、似つかわしくない
    可愛らしい女性がいた。
    彼女は作業員だったが、
    笑顔で力仕事をこなしていた。

    彼女は、いつも僕にコーヒーを淹れてくれた。
    普通の砂糖じゃない、
    少し贅沢な“ブラウンシュガー”とともに。

    僕はそのシュガーを、こっそりポケットに入れた。
    その甘さが、工場の中で唯一の“音楽”だった。

    ある日、工場は不気味な静寂に包まれていた。
    埃も、光も届かないクリーンルームで、
    作業員たちが、血まみれで倒れていた。

    そこには牙を生やした“バンパイア”がいた。
    彼女もまた、血を吸われて
    “あちら側”に堕ちかけていた。

    バンパイアは僕を見つけ、襲いかかってくる。
    僕はとっさに巨大なファンを回した。
    やつは粉々に砕けた。
    けれど──再生した。

    再び襲いくる怪物。
    僕は逃げながら、ポケットの中を握った。
    そこに、あの“ブラウンシュガー”があった。

    最後の賭けだった。
    再生する細胞に、砂糖を混ぜる。
    やつの身体は狂い、崩れ始めた。

    僕は斧で天井を砕き、
    太陽の光を呼び込んだ。
    バンパイアの身体は、焼けて消えた。

    彼女は、まだ完全には堕ちていなかった。
    「コールドスリープで宇宙に送り出して」
    そう願う彼女を、僕は薔薇とともに
    カプセルにそっと納めた。

    最後にキスをして、
    僕は彼女を、永遠の旅路に送り出した。

    次の日、会社に向かう途中で
    僕はふと、空ではなく──
    “宇宙(そら)”を見上げていた。

    小学生の頃に聞いた言葉を思い出す。
    「水たまりは宇宙にはなれないけど、
    宇宙を写すことはできる」

    僕はもう、“泡”のように消える人生ではなく、
    宇宙を映す旅を選んだ。

    それは、永遠じゃない。
    けれど確かに、僕だけの光だった。