写メ投稿
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2025-06-26
ピラミッドと地下室と、無音の瞳
今日も地下の臭気が漂うバックヤードで、
僕は黙々と汚れ仕事をしていた。
冷凍庫の中で震えながら長時間の作業、
天井裏を這いずるように進むホコリまみれの通路。寝る場所は、ボイラーの爆音が鳴り響く、
高温多湿の地獄のような部屋だった。それでも地上では、
キラキラした制服のスタッフたちが
笑顔で“フロント”を飾っていた。うらやましいと思った。
同時に、あそこに行ける気がしなかった。学生時代、クラスではそこそこ成績も良かった。
けれど、進む道をほんの少し間違えただけで、
僕はこの底に落ちた。この建物は、ピラミッドだった。
上層の光のために、下層が犠牲になる構造。
それが現実だった。ある日、疲れた身体を引きずって
気晴らしに街へ出た。小さなライブハウス。
隣に座った女性に、なぜか声をかけた。
明らかにお嬢様タイプ。
無視されるかと思ったけれど──
彼女は、優しく微笑んでくれた。それから何度か、一緒に過ごした。
「どうして僕なんかと?」と聞いたら、
彼女は言った。「あなたが放つズレが、私には音楽みたいに響くの」
その言葉で気づいた。
僕は枠にはまらない個性を、
無理やり社会という型に押し込もうとしていたんだと。僕の劣等感の正体は、
他者との比較だった。
毎日、光をまとった“誰か”を見上げては、
汚れた自分を否定し続けた経験。
それが、僕を内側から錆びつかせていた。ふと気づくと、僕は地下室にいた。
空間が一瞬ゆがんだ感覚。背後には──
目と耳を塞がれた、僕にそっくりなサイボーグが立っていた。
感情を失った“無音の瞳”が、こちらを静かに射抜いていた。奴は襲いかかってくる。
尋常じゃないスピードとパワー。
太刀打ちなどできない。
僕は逃げるしかなかった。そのとき、積み上げられた鉄柱のひとつが床に落ちた。
地下室に反響音が鳴り響く。サイボーグの動きが乱れた。
目も耳も塞がれた奴にとって、音は唯一のセンサー。
反響音が、やつの感覚を狂わせた。僕は鉄柱を次々と床に叩きつけた。
金属音が反響し続ける。奴は僕の位置を見失い、
混乱の中を彷徨っていた。僕は背後に回り、
鉄パイプを握った。「チェックメイト」
そう呟いて、こめかみに一撃を食らわせた。
──奴は、動かなくなった。次の日、
僕は会社とは“逆方向”に歩いていた。ピラミッドを背に、
自分の足で、
自分の道を歩き始めた。僕の中で、反響し続ける言葉があった。
「あなたが放つズレが、私には音楽みたいに響くの」他者の光じゃない。
自分の個性が、自分を救った。汚れの中でくすぶっていた“音楽”が、
ようやく僕の中で、鳴り始めた。