写メ投稿
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2025-05-18
ワインと自由と、ノーチラス
あの頃の僕は、
光のない水面の下で、
静かに沈み続けていた。
呼吸はできていたけど、
生きていたとは言えなかったのかもしれない。
誰かの正解に従ううちに、
僕という存在は、
輪郭を失っていった。
そんなある夜だった。
ワインの香りがふわりと漂う空間で、
自由という名の空気を纏った女性と出会った。
彼女の所作には、
品と色気が溶け合っていた。
グラスの縁に触れる唇の動きさえ、
どこか、見てはいけないもののようで。
その熱が、
肌に触れたわけでもないのに、
僕の奥に火を灯した。
ただ隣にいただけなのに、
身体の深いところが、
ゆっくりと緩んでいくのを感じていた。
——自由じゃないのに、自由。
矛盾のようで、確かな感覚。
それはまるで、
絶滅の淵から逃れるために、
静かに深海へと身を潜めたノーチラスのように。
僕は知らぬ間に、
心の中の荒波から身を守り、
自分という殻を、
何層にも重ねながら生き延びてきたのかもしれない。
けれど彼女の自由に触れた夜、
その殻に、
艶やかにひび割れが走った。
理性と本能のあいだで、
小さく痙攣するように。
それから僕は、
ひとつずつ、纏っていたものを脱いで、
本当の自分で、
深く、ゆっくりと潜っていくように、
歩きはじめた。
何度も沈んだ。
でも、もう怖くはない。
あの夜、
僕の心と身体に差し込んだ、わずかな熱。
それが今も、
僕の奥深くを、
ゆっくりと、あたため続けている。